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    7/31/2007

    ◆国体対戦カード決定

    10月13日~15日に秋田県で開催される「第7回全国障害者スポーツ大会」
    の組み合わせが決まった。 多くの観戦者に生の迫力を感じていただきたい。

    「第7回全国障害者スポーツ大会」グランドソフトボール競技日程
     A球場:山王中学校グラウンド  B球場:旭北小学校グラウンド
    10月13日(土) 15:10選手団受付(総合案内所) 15:30~16:00開始式
    10月14日(日)
    9:00~10:40(100分)
    1回戦(A-1)三重県 対 大阪市
    1回戦(B-1)福岡市 対 福島県
    インターバル20分
    11:00~12:40(100分)
    1回戦(A-2)山梨県 対 広島市
    1回戦(B-2)秋田県 対 福岡県
    インターバル30分
    13:10~14:10(60分)
    交流試合(A-3)A-1の敗者 対 B-1の敗者
    交流試合(B-3)A-2の敗者 対 B-2の敗者
    インターバル20分
    14:30~16:30(120分)
    準決勝戦(A-4)A-1の勝者 対 B-1の勝者
    準決勝戦(B-4)A-2の勝者 対 B-2の勝者
    10月15日(月)
    9:00~11:00(120分) 決勝戦(A-5) 三位決定戦(B-5)
    11:10~11:35(25分) 表彰式  【連盟公式サイトより転載】
    7/17/2007

    ☆年1回の更新日

    2007,7.17.(火)

    京都祇園祭本山が開催される今日は、自分だけのアニバーサリーであり、
    人生を見直し決意を新たにする日としても特別な想いを込めたい。
    私が所属する業界では、青年部の年齢基準が45歳までとなっているため、
    本日付けで自分も晴れて青年を卒業することができたということになる。
    世間では中年・オヤジ・おじさんなど、素敵なイメージと反対の呼称が定着
    しているが、熟年世代も捨てたもんではないと若者たちに希望を与えたい。
    例えば、経験による場慣れや技術と理論の習熟度の深さによって、気力と
    体力の低下を充分カバーできるということも実戦の中で確証を得ているしな。

    【●●回目の新たな決意表明】
    1.家族と友人の平安を祈り、自分の存在が互助関係に値するものとしたい。
    2.市民の健康づくりのサポーターとして、信頼されるセラピストを目指したい。
    3.ユニバーサルスポーツの発展に尽力したい。(グラソフの全国大会初優勝)

    Happy Birthdayという年でもないが、私は激辛料理が好きなので近場の
    コリアンレストランにて家族で夕食会を行なった。地元では穴場的存在の
    店だが、本場の味とボリュームでなかなか繁盛しているようだ。
    追記:兵庫県に暮らす両親から、初めてグリーティングカードが届いた。

    ■携帯画像:プルコギ(すき焼き) サムゲタン(鳥スープ) チヂミ(お好み焼き)
    7/10/2007

    07業界の会合たち

    2007.7.7~9.(月) 東京都新宿区~大阪市上本町 曇り
     
    「平成19年度日本身体障害者スキー協会(HSAJ)理事会」報告
    平成19年7月7日~8日 全国身体障害者総合福祉センター(戸山サンライズ)
    議事:役員承認 平成18年度事業報告と決算報告 平成19年度事業計画と予算 ジャパンパラリンピックの
    報告と計画 IPCワールドカップ白馬の開催計画 (特)日本障害者スキー連盟の報告 HSAJの活性化等
    ※今年度より三重県障害者スキー協会(MSAD)が、旧奈良県協会の会員を受け入れる旨を報告。
    【特記事項】
    ①一昨年で自転車振興会からの助成金が打ち切られたので、全国大会の事業費を捻出するために
    スポンサー探しと経費節減のほか、会費の値上げも検討しなければならなくなった。
    新年度は約300万円の負債繰越(今年度より理事会の旅費は各県協会の負担となった。)
    ②厚労大臣杯全国身体障害者スキー大会は、国体次年度に国体開催地で行なっており次期開催地の決定が
    遅れていたが、もし長野県協会が野沢SAでの開催を受託できない場合はHSAJ本部の主導で実行する。
    「IPCアルペンスキーワールドカップ2008ファイナル白馬大会」として、2.20~26.に 白馬八方SAの
    オリンピックコースⅡでDHを含む4種目全てが開催される予定。(全鍼師会のトレーナー派遣は可能か?)
     
    「第6回全日本鍼灸マッサージ師会(AJAMMA)全国大会」報告
    平成19年7月8日~9日 シェラトン都ホテル大阪 名称:第6回全鍼師会大会inなにわ
    主催:(社)全日本鍼灸マッサージ師会 共催:大阪府鍼灸マッサージ師会 協力:近畿鍼灸マッサージ師会連盟
    後援:厚生労働省 大阪府 大阪市 大阪府医師会 関係7法人 主要新聞各社ほか
    目的:全国の鍼灸マッサージ師の資質の向上に資するため、公開講座並びに研修と臨床の学技の場を提供すると
    ともに、鍼灸マッサージ業界の発展はもとより、国民により良質の医療と情報を提供するための大会とする。
    大会テーマ:「みんなで創ろう 確かなビジョン」
    【特記事項】
    ①青年局女性局を改編して生まれた組織強化部が2期目を迎え、「経営力強化を新会員開拓につなげよう」
    というテーマを引継ぎ、経営マニュアルと業団パンフレットの製作や会員管理データベースの作成など、
    更に実践的な事業を展開していく計画である。いつかきっと国民と業界に寄与できると信じて続けよう!
    ②組織強化ネットでの意見交換の関連で、組織強化部ナイトサロンというべき語り場をセッティングしたが、
    胸襟を開いてディベードすることにより、メンタル面での障壁を緩和することができたのではないかと思う。
    同席者は組織強化部長・千葉県I先生・事業部長などの有志8名・・・信頼関係は一朝一夕に成らず!
    次年度は、10月に千葉県で全鍼師会大会と日東医学会が合同開催(会期3日)される予定である。
     
    全て行事が終了した後、コリアンタウン鶴橋で非常に懐かしい人と再会することができた。
    大阪女学院大学のM准教授とは、5年前にユタ州のスノーベースンスキー場で初対面した。
    彼女は、スキーメイトという雑誌のソルトレーク2002パラリンピックの取材に通訳として同行しており、
    その時はメディアゾーンで10分足らずの会話をしただけだった。
    その後は、私が連載した「ブラインドスキーヤー世界挑戦への道」を読んで応援してくれる良き理解者となり、
    トリノパラでは理不尽な選手選考により僅差で代表になれなかった私に、イタリアワインを贈ってくださった。
    大阪コリアンタウンで会食や散策をしながら、近況報告・アルペンスキー・障害者スポーツ・パラリンピック・
    グランドソフトボール・鍼灸マッサージ・人権と福祉・過去の出来事・将来の夢・大阪のおばちゃんの話等、
    熱く長く語り合った・・・他言が憚られるような全日本チームの裏話などを伝えられる人間は極めて少ない。
    地域や世代や職業が違う人間同士が、縁あって触れ合う人生の妙に今日も出会うことができた。
     
    【画像:懇親会場 有志ナイトサロン 組織強化担当者会議 分科会報告 スタッフ全員集合】
    7/7/2007

    *ソチ2014パラリンピック

    <ソチ冬季五輪>歓喜とすすり泣き明暗くっきり (毎日新聞 07月05日 12:31)
    中米グアテマラ市で4日午後に行なわれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、
    2014年冬季五輪の開催地が黒海沿岸のリゾート都市ソチ(ロシア)に決まった。
    初の開催地立候補で招致争いを制したソチと、10年大会招致に続く再度の立候補で
    苦杯を喫した平昌(ピョンチャン)(韓国)とザルツブルク(オーストリア)。
    開催地が発表され、3都市の関係者の表情は明暗が分かれた。
    一方、総会会場には16年夏季大会招致に立候補している東京都の招致委幹部も
    姿を見せ、09年10月のIOC総会での「次回夏季招致レース」への影響を見据え、
    選定結果を見守った。

    ピョンチャンは、私がWCに出場できた唯一の場所である。(硬い急斜面が特徴)
    北米(ソルトレーク)→欧州(トリノ)→北米(バンクーバー)の次は、また欧州(ソチ)
    ではなく亜細亜大陸(ピョンチャン)で開催してほしかったと思いませんか!?
    MSADのS選手は、2014年でも30代前半なのでパラ再出場のチャンスあり!!
    7/6/2007

    ◆ヒーローになれなかった日

    17年前の奈良県チーム(2番セカンド)時代の苦い想い出について書き残しておこうと思う。
    社会人3年目、国体初出場(90年福岡県)の相手は、前年度優勝の大分県チームだった。
    3-1で迎えた最終回、2死2塁3塁という足が震えるような場面で自分に打順が回ってきた。
    魂を込めた一振りに手応えはあったが、センター正面のライナーだったのでファーストまでは
    全力疾走・・・センターが弾いて球が直接ラインを越えて転がるのを見ながらセカンドへ向かう
    途中に線審の手が回ったので、「やったー!」と飛び上がってゆっくりセカンドに到達した。
     
    次の瞬間、何を思ってかセンターが思い切りボールをセカンドまで返球してきたので、「???」
    セカンドで呆然としていたら、何故か外審が指を2本立てた。すぐにタイムをかけ2塁コーチャー
    だった監督が抗議し、主審との長いやり取りの末に、2塁打という不可解な判定が下った。
    センターの肩辺りを直撃した打球が、ラインの内側に落ちてからラインを越えていったという解釈に
    なると思うが、そんな不自然な打球の動きを見た経験はない。しかし、3-3の同点になりツーアウト
    2塁で次は3番打者ということもあって、結局そこで引き下がることになった。
    さてその後の展開は・・・当然の如くバッテリーは敬遠策をとり、4番全盲の三振でゲームセット(嗚呼)。
     
    あとでビデオをチェックしてみたが、無情にもレンズは打った直後に飛球を追わず私の走塁と歓喜の姿、
    そして「お~ホームランだっ!」という観客の歓声を拾っているだけだった。 今の我々なら抗議力も熟練
    しているだろうから、主審だけでなく全員を集めてもらい、まず最寄の審判にボールの軌跡を確認して、
    本塁打のジャッジが途中で2塁打に変わった理由の説明を求め、その不整合性を追及するはずである。
    さて、3-3の同点による抽選が行なわれたが我々は敗退、私はグランドに拳を叩きつけて悔し涙を流した。
    逆転さよならスリーランのヒーローにはなり損ねたが、大きく重い経験を積むことができたのだと今は思える。
    7/2/2007

    ◆全国優勝への第一歩

    7月1日(日) 三重県身体障害者総合福祉センター
    国体代表決定戦の翌週は休養日だったので、2週間ぶりにチームの全体練習と予選の反省会
    が行なわれた。グラソフ全体の競技性を高めるためには、お互いに切磋琢磨する必要があると
    考えるので、我々の試行錯誤の過程も隠すことなく紹介していきたい。
     
    まず全国大会に向けて、事前のスタッフミーティング(監督・助監督・主将・コーチャー・弱視代表・
    全盲代表)、開始円陣(練習内容の説明等)、終了円陣(練習総括と連絡)を再開することにした。
    その趣旨としては、チーム方針の理解と共有(チームの目標や強化の目的など)である。
    さて本日の主な練習メニューは、新たに走・攻・守を強化するために以下の内容で行なった。
    ①球種を問わず、ピッチャーラインの左右45度の範囲内に打ち返す訓練。
    ②走者を置いて、種々の状況変化に伴う実戦的な守備連携の訓練。
    ③全塁にコーチャーをつけて、バッターランナーとファーストランナー共に全盲の状況をつくり、
     色々な打球に対応した走塁コンビネーションの訓練。
     
    本日は、近所の県営施設において共産党の会合が開催されるため、右翼団体の反共活動が
    大々的に行なわれ、練習中もずっと拡声器でシュプレヒコール「国賊である共産党に津市の
    施設を貸すな~!」などが鳴り響いていた。そんな素敵な環境だったが、悪状況での鍛錬を
    実戦の武器とするため前向きに乗り切った。私は終了円陣で一言、「代表選手としての誇りを
    持ち夢を実現させるため、全体練習では技術向上を自宅では体力向上を怠らぬよう共に頑張
    ろう!!」と発言させていただいた。まだ始まったばかりだが全員の努力で継続できたなら、
    もしかしたら無敵軍団に変わることが可能かも・・・そんな妄想がちょっと頭をよぎった。