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6/25/2008 08パラ開催年は飛躍の好機2008.6.24.(火) 三重県身体障害者総合福祉センター 晴
「平成20年度第1回三重県障害者スポーツ協会理事会」
通常協議事項(平成19年度事業決算報告)は全て承認された。
第2回三重県障害者スキーキャンプの事業報告を行なったが、
理事各位より評価と激励の言葉をいただくことができた。
【理事会の継続審議事項】
1.第12条(1)会費納入に関する規定の再検討について。
現在は正会員のうち競技団体と競技者個人のみが徴収対象。
2.障害者スポーツの普及啓発に関する事業に対する助成金申請が、
今年度より実施できるように運用細則を執行部が作成する。
3.北京パラリンピック開催年の記念イベントを本会が主催したい。
会長と代表選手(三重4名)が知事を事前訪問し激励金を贈り、
帰国後にパラアスリートを囲む集いを行なう。(ミスターH提案)
【専門委員会の新規事業案】
次年度の事業として、県民を対象とする障害者スポーツの体験講座
(パラリンピックキャラバン三重版)を企画、トップアスリートやOBが
本会の活動に参画できるような道筋をつくり、理事会に提案する。
■ミスターHのブログが、障害者スポーツ総合サイトに紹介されました。
6/16/2008 ◆国体代表決定戦2008.6.15.(日) 長野県松本市 晴時々曇り
グランドソフトボール「東海北信越ブロック代表決定戦」
長野県GSチーム(北信越1位) 2-3 三重県GSチーム(東海1位)
★三重県グランドソフトボールチーム 国体出場!!(2年連続10度目)
第8回全国障害者スポーツ大会(大分県 10月11~13日)
第9回全日本グランドソフトボール選手権大会(熊本県 11月1~3日) 新体制となった我がチームの目標は、全国大会への出場や優勝ではなく、
新たなポジションと打順での実戦経験を積み、三重の野球スタイルを確立
することにあった。今季の全国大会予選会の優勝は、想定外の結果だと
いえるが、この天の配剤を明日のチームのためにも充分に生かしたい。
自分は、右上下肢の怪我が回復しないため今回も2塁コーチャーに徹した。 アウェーとはいえ、平成20年とは思えないようなジャッジとヤジに、何度も 切れそうになったが、コーチとして最後まで平常心を保つことができた。
【代表決定戦のポイントチェック】
●昨年18-0で大勝した相手でも、一発勝負になると展開次第では苦戦する。
●偏った判定に対する抗議は、適所で効果的に行ない全体共有すべきである。
●相手の理不尽な野次は余裕を持って受け流し、最終兵器は私のカメハメ波。
◎H投手が、厳しいストライクゾーンにも気持ちを折らず2点に抑えたこと。
◎上位打線の迫力不足を、下位打線と全盲打者の出塁がカバーしたこと。
◎守備連携の大きなミスはなく、重要な局面で併殺を決めることができたこと。
三重の三人組 開会式(選手宣誓) 1回表の攻防 6/12/2008 ニュースより二題【左右の目取り違えて手術 東大】
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=515289&media_id=4 30年以上も前の話だが、私も網膜剥離でN県立医科大学付属病院で 2ヶ月入院して4回手術を受けた経験があり、当時の苦痛が蘇った。 網膜剥離はボクサーの職業病としても有名で、現在では早期であれば かなり治癒率は高いが、眼底のスクリーンに当たる所が剥がれるため、 顔面打撲で一瞬にして失明する可能性もあるという怖い眼疾である。 当時の医療水準では高度な治療を受けたと思うが、原因不明だった こともあり、多くの医大関係者の研究材料にされた感もあった。 高校受験前だったが、安静にしないと失明すると脅かされていたので、 今は亡き祖父母に枕元で本を読んでもらうことを唯一の楽しみとして、 寝返りもできない状態にされたまま毎日の眼球注射にも耐え続けた。 右目は完全に剥離していたのだが、何故か左目も予防的なオペをする ことになった。予後転帰としては、右目は完全失明、左目も1.5から 矯正視力0.1になってしまった・・・そして、私の現代医療に対する 不信感と、ウルトラ障害者としての明るい人生が幕を開けた!! 過去の苦い経験から、メディアを全面的に信頼している訳ではないし、 この一面的な報道のみを見て軽々にコメントを下すつもりもない。 我が團は、関西有数の硬派な組織としての伝統があったが、四半世紀 前に解散しており偉そうなことを語る立場にないので、ただ立命館大學 應援團もついに廃部になったのかという複雑な想いがあるだけだ。 立大應援團は、我が團の近所だったこともあり、当時の幹部とは 仲が良い時期があった・・・まあ25年以上も前の話だが。 個人的な印象では、当時は真面目で正統派の團というイメージが あった。時代と共に、團員の気質も変わってきているとは思うが。 同立戦の前夜祭、我が團も招待されていたときに、エール交換で 大團旗が倒れるという衝撃的なシーンを目の当たりにした。 その場で一緒に見ていた某大學全學應援團の連中は、「非礼行為 なので文句を付けに行こう」と言ってきたが、自分は「前代未聞の ショックを受けた奴らに、更に恥をかかせる必要はないだろう!」 と断ったことを覚えている。また我々の昭和が遠ざかっていく・・・ 6/3/2008 ◆東海ブロック予選会2008.6.1.(日) 静岡県掛川市 晴
第8回国体グランドソフトボール競技「東海ブロック予選会」 1回戦:静岡県2-16 決勝戦:愛知県4-6 ※岐阜県チームは当日の棄権により愛知県に不戦敗。 1位:三重県 2位:愛知県 3位:静岡県 4位:岐阜県 「東海北信越ブロック代表決定戦」長野-三重(6月15日 松本市) 「第9回全日本選手権大会」東海代表 三重(11月1~3日 熊本県) 【ミスターHの視点^^】 愛知県に3点先取され試合のムードも押されぎみだったが、最後まで 気持ちを切らさずに、関門海峡の手前で何とか踏ん張ることができた。 最終回に勝敗を分けたのは、9番出塁→10番一死→1番2番敬遠→ 一死満塁で3番と勝負→四球による決勝点という采配の裏目だった。 昨年の国体以降、上位打線からの絶好機にあまり得点できない場面や、 送球ミスで不要な出塁を許す場面が目立ち、練習課題となっていた。 (1番出塁→2番3番敬遠→無死満塁→4番一死→5番二死→6番三死) 今大会の評価点は、H投手の四球が2個だったこと、下位打線や全盲 選手も含めて打線のつながりが出たこと、走塁ミスがなかったこと、 1番2番の打撃好調(10試合で本塁打14本)などが上げられる。 今回もセカンドコーチャーに立って全体を見ると、昨年までのチームは 勝つことを命題としていたが、今は試合運びや各自の課題に取り組む ことを目標としているため、挑戦者として気負いが少なくなり逆に良い 結果が生まれているのではないかと感じている!! 最後になりましたが、温かい応援メッセージありがとうございました。 対戦チームへの視線 審判団記録部への挨拶 三重グラバカ球団 |
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