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    10/31/2007

    ★4年後に向けて

    2007.10.27~28.(日) K市各地 晴れ
     
    選挙戦最終日から投票日にかけて、目まぐるしく時間が過ぎていった。
    最後の街宣はY駅前で行なったが、現職陣営と鉢合わせになり緊迫した
    局面を迎えた。A陣営から時間と場所を譲るように要求されたが、我々は
    予定を変更せずに駅前演説を敢行することにした。暫くは不穏な空気に
    支配されたが、やがて相手は諦めてY駅南側に移動していった。
    ホッとしたのも束の間、我が候補者の声が潰れて演説が困難な状態に
    なってしまった。止むを得ず、急遽自分が応援演説をすることになり、
    全くの即興弁舌だったが、脳裏に浮かんだ台詞を熱く叫び続けた。
    「・・・明日は皆様の大切な一票をどうかYに投じてやってください!!」
     
    かつてない程の素人手作り選挙ではあったが、我々のできることは全て
    やり尽くしたという充足感があった。支持者の方々と一緒に開票速報を
    見つめながら、低い投票率と当確接戦そして我々に対する厳しい結果を、
    真摯に受け止めていた。候補者は次回に向けての新たな決意を語り、
    最後に素晴らしいスタッフ達と感謝の気持ちを込めて円陣を組んだ。
    翌日皆が去った夢の跡で後片付けを手伝いながら、明日からの日常生活
    への非現実感と一抹の寂しさ・・・4年後の我々に想いを馳せていた。
     
    最終街宣(近鉄Y駅前)  開票速報(選挙事務所)
    10/22/2007

    ★出陣式~

    2007.10.21.(日) Y選挙事務所 秋晴れ

    昨日は、K市長選挙と市議補欠選が告示された。
    Y選挙事務所でも、盛大に出陣式が行なわれた。
    候補者Yのセールスポイントは、環境先進と教育再生をテーマとする
    NPO組織の代表者として、完全な無所属で旧来のしがらみがない
    大胆な政策を実行することができる若さと情熱である。

    私の後輩が所属する和太鼓チームMが出陣太鼓を打ち鳴らし、我々と
    一緒に洋大で中国~韓国に派遣された講師のW氏(元HNKチーフ
    アナウンサー)の来賓挨拶があり、選対スタッフを代表して自分が
    結団の言葉と本物のエール(H大学応援団第14代副団長)を送り、
    手作りの選挙戦という特色が良く現れた出陣式となった。
    この出陣式の模様は、21日朝刊のN新聞一面などに掲載された。

    投票日までの1週間はほとんど泊り込みで、文字通りハードな戦いの
    場が始まる。我々の一日の行動は、街宣活動(街宣車・自転車・徒歩)
    とミニ集会の繰り返しである。そのためには、有効な街宣ルート作りと、
    ミニ演説会への動員が一番重要な仕事となる。
    「K市長候補のYでございます。**町の皆様へご挨拶に伺いました。
    若さと情熱で市民のために頑張ってまいりま~す!!」といった台詞
    にも慣れ、ようやくスタッフ同士の仲間意識も芽生えてきた。
     
    和太鼓演奏(M太鼓団) 結団の言葉(ミスターH)
    市長選挙1 市長選挙2
    10/17/2007

    ◆秋田国体を終えて

    「第7回全国障害者スポーツ大会」秋田わか杉大会
    2007.10.13~15.(月) 秋田市立山王中学校 旭北小学校
    グランドソフトボール競技 1回戦:大阪市4-4三重県(抽選負け)
    交流戦:三重県GSチーム 7-1 福島県GSチーム
    個人成績(背番号3 センター1番):3打数2安打(2塁打×2)
     
    東海北信越ブロック代表として、2年ぶり9度目の国体出場で悲願の初優勝を
    目指したが、勝利の女神に愛されなかったようで、まさかの初戦敗退となった。
    今季は万全の体制で全国大会に臨み、チームのムードも今回こそは絶対優勝できる
    という確信めいたものがあった。しかし、相手チームの神がかりを打破することができ
    なかったところが、一発勝負の恐ろしさであり優勝候補が敗退する妙味でもある。
     
    同点で迎えた最終回、1番からの好打順、1点を取ればウチの勝ちという最大の山場。
    「1~3番で決めて来い!」との監督の言葉。自分がトップバッターだったが、その時は
    プレッシャーよりも自信の方が上回っていた。打席に入り正面のスコアボードを見た時、
    一発狙いという10%の可能性が一瞬頭をよぎったが、先頭打者の役目に徹するべきだ
    ともう一人の自分に諭された。打点を10cm前に修整し、理想的なセンター返しで2塁に
    達することができた。自分がホームに還れば・・・しかも後続の2人は長打の可能性が
    非常に高い・・・ノーアウト2塁、きっと勝てるぞと確信した。(慢心があったのか?)
     
    試合後は、呆然として1時間以上も動けずにいた。色々なことが頭をよぎっては消えて
    いき、ふとチームメイトに目を向けると皆それぞれに座り込んで沈黙が流れていた。
    我がチームのピークは、全日本選手権の決勝戦だったのかもしれない。
    私は、運も含めた本番勝負の強さを獲得するためには、もう精神修養しかないのでは
    ないかと考える。オフシーズンに、お互いがどれだけ自分を追い込めるかということ。
    個人的視点で見ると、15年前の初国体と最後の国体が共に初戦抽選負けで、優勝は
    共に福岡県チームという不思議な符合を発見した。(♪栄光に 一歩届かぬ 我が道よ)
     
    その夜に突然熱が出て、決勝戦も見れずに宿舎で寝ていたというほろ苦い国体となって
    しまった。しかし、鍼灸マッサージ師会の後輩が秋田小町応援団を結成して、今までに
    ない華やかな応援をしてもらえたことと、秋田県ボランティアの5名の方々にお世話に
    なったこと、私の両親の観戦に対して、改めて心より感謝の気持ちを表しておきたい。
     ■第7回全国障害者スポーツ大会「秋田わか杉大会」オフォシャルサイト
     
      秋田小町応援団     三重県GSチーム
    07秋田国体4 07秋田国体5
    10/11/2007

    ◆秋田国体に向けて

    「三重県グランドソフトボールチーム国体行程」
    日程:2007.10.13.(土)~15.(月)
    13日午前 名古屋空港→15日夕方 中部国際空港
    宿舎:アキタパークホテル 秋田市山王4-5-10 TEL018-862-1515
    競技場:山王中学校グランド(秋田県庁の東側)
     
    先週の直前練習では、全国大会ユニフォームを着用して最終調整をした。
    足が命の自分は、新しいスパイクの試し履きも行なったが良い感じだった。
    京都のN投手が、三重県立盲学校まで練習の手伝いに遠路来てくれた。
    我がチームは連続出場が多いため、長期欠勤が難しい選手も結構多く、
    残念ながら試合オンリーで3日間しか現地逗留ができない。
    秋田県の皆さま、熱く静かなブラインドベースボール=グラソフの観戦を
    どうか宜しくお願いします!!
    10/9/2007

    ▲体育健康フェスタ07

    2007.10.7.(日) 名張市総合体育館ほか 晴
     
    「名張市体育健康フェスタ2007」の健康体験コーナーで、(社)三重県鍼灸
    マッサージ師会名張支部は「第1回親子スキンタッチ教室」を行なった。
    スキンタッチとは、スプーン・歯ブラシ・ドライヤーを代用して、家庭で手軽に
    できる小児鍼のことである。スキンタッチを通じた親子のスキンシップにより、
    乳幼児に多い症状(夜泣き 疳虫 夜尿 虚弱 アトピーなど)の改善が期待
    できる。午前の部と午後の部で予想を上回る参加者があり、行政からも健康
    増進や子育て支援事業に今後とも協力してもらいたい旨の感想をいただいた。
     
    このスキンタッチ運動は、第3回全鍼師会大会の青年局女性局分科会で、
    徳島県鍼灸師会青年部のS先生から紹介していただいた新たな可能性を
    秘めた事業であり技術なのである。遅ればせながら、我が名張支部でも
    スキンタッチ~介護予防まで、地域の生涯医療に協力していきたい!!
     
    【画像】記念講演会  スキンタッチ教室
    10/2/2007

    *スキー連盟総会07

    (特)日本障害者スキー連盟「平成19年度SAJD定期総会」報告
    2007.9.30.(日) 東京都身体障害者総合福祉センター(戸山サンライズ) 雨
    SAJD代議員として、全ての議事が承認されたことをご報告します。(議事録は後日送付)
     
    【特記事項】
    1.連盟初代会長である田村宣朝氏が辞任され、伊佐幸弘氏が次期会長に選任された。
    田村会長、3期6年間本当にお世話になりました。伊佐新会長どうぞ宜しくお願いします。
    2.「IPC障害者アルペンスキーワールドカップ2008ファイナル白馬大会」が、日本に
    おいて開催されることが決定した。(2008.2.20-26. 白馬八方尾根SA)
    3.昨年に引き続き、新たな選手の発掘や強化指定選手以前の若手を育成する場について、
    アルペン部の方針を問い質したが、予算の都合などで具体的な取り組みは困難であるとの
    回答であった。特に、最も選手層が薄いブラインドカテゴリーに対する方策がないようで、
    ブラインドスキー強化委員会の立ち上げも棚上げ状態のままであり、3年後のパラには
    間に合わないことが決定的になった。日本のハンディスキーの未来は極めて厳しい。
    4.三重県協会の所属選手は、残念ながら19年度SAJDの強化選手に指定されなかった。
    津市のチェアスキーヤーM選手について、JCSA役員に将来性をアピールしておいた。